なごみ通信 第70号
帯のバリエーションは成長の段階
石川県加賀市に、「西陣」と名のつく帯工房があります。西陣坐佐織。当主・佐竹司吉さんは、分業制が中心の西陣では、思うような帯が生み出しにくいと感じ、加賀の地へ工房を移しました。現場の失敗も肌で感じることで、味や匂いというような、言い表せない魅力が生まれるのではと考えたからです。
事実、佐竹さんの帯は心動かされる帯ばかりです。格調高く上品な松の帯や、技術の粋を集めた愛らしい色使いの帯、遊び心溢れる鳥獣戯画の帯。豊富なバリエーションを目の当たりにすると、目移りしきりで気もそぞろ。ずらりと並んだアイスクリームの前でどれにしようか悩む子どものような気持ちになります。
昔は西陣らしいきらびやかな帯を量産していたそうですが、年を経るにしたがって落ち着いた色味のフォーマル帯や洒落ものを作る傾向に変化したそうです。着る側も同じように、年代によって締めたいと感じる帯の傾向が変化します。それを「成長」と呼ぶのだと佐竹さんは言います。
帯のバリエーションは佐竹さんの成長の段階を表しており、私たちにもその段階がある。佐竹さんの帯に心動かされるのは、その段階に共感し、帯を通して佐竹さんと縁が結ばれる感覚があるからなのかもしれません。
帯を結ぶというくらいだから、縁も結ばんと
佐竹さんはご自身の作品を指して「おもちゃ箱」とおっしゃいます。楽しく素敵な気持ちになるため、しかもそれを大切な人と共有するためのおもちゃ。
ご自身がワクワクドキドキしながら作られるから、その熱が私たちにも伝わって、妙に心惹かれるのでしょう。
ときめく心を大切に帯を作る佐竹さんですが、心だけでなくもちろん着心地も大切に作ってくださいます。「帯を結ぶというくらいだから、縁も結ばんとな」。着たときの思い出がより楽しいものであるようにという配慮です。
胴にきゅっと締めたときにも、優しく包まれる感覚のある佐竹さんの帯。表には見えず、最も胴に近い部分に一番良い糸を使っています。そのようなものづくりは、「締めやすい帯作ろうな」と仲間に言われたことから始まるそう。そうやってたくさんの仲間との関わりの中で、知恵を借りながら一つの帯に表現していると謙虚に話してくださいました。
キャンパスに自由に絵を描くように、帯作りを楽しむ
糸へのこだわりは、もちろん柄行きにも生かされます。金銀を帯で表現する時にはまず糸作りから。箔の糸は、和紙に箔を貼り付け、細く裁断することで生まれます。面を生かした帯を作る時には広幅の箔の糸を。立体的な帯を作る時には細く。ざっくりとした帯のときには箔の糸にも撚りをかけて。「こんなものが作りたい」というときめきを実現するのに最も適切な糸を探っていきます。時にはモールの糸や、レース用の糸ですらも使いながら、思い描く帯を作り出していきます。
その多様さで私たちの目を楽しませてくれる佐竹さんの帯も、軸となる経糸はほとんど白糸だと言います。時には金一色、銀一色、さらには三種を混ぜ合わせて…。遊び心たっぷりでも上品に感じられるのは、経糸に色糸を使わないからかもしれません。
それらの色は色とも言えず、とても観念的な存在です。色のないことを白と呼び、加えて光沢が強いものを銀と言う。そんな抽象的な糸を自在に操るに至るまで、佐竹さんの中では膨大な試行錯誤があっただろうと思います。しかし現在は、白・金・銀のキャンパスに自由に絵を描くように、佐竹さんは帯作りを楽しんでいます。
心惹かれ、目を奪われる帯
帯だけでも心惹かれ、着物と合わせた時にまた目を奪われる。佐竹さんの技術と感性の結晶が、人生のスパイスになりそうです。