なごみ通信

なごみ通信 第74号
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なごみ通信 第74号

三重 伊勢
伊勢型紙彫師

「神がかり」の技術を継ぐ職人たち

日本で最初の神様を祀る土地、伊勢。清純なこの土地で、まさに「神がかり」と言い表せるような技術を継ぐ職人を訪ねました。

伊勢型紙は、江戸小紋や浴衣などに紋様を染める際に用いられてきました。染めの道具でありながら、芸術性と高い技術が評価され、「重要無形文化財」にも指定されています。一枚の型紙に込められた技術を知れば知るほど、人の手がこんなにも細密で正確な作品を生むのかと、感嘆するばかりです。

細かい柄が魅力の江戸小紋。型掘りは、そのひとつひとつの柄が途切れないように、型を掘っていく地道な作業です。掘りの力の強さや切り口が乱れれば、それはそのまま着物の柄に反映され、いびつな着姿になってしまいます。自身の目、指先の力、刀の動き… それらが全て一定に保たれるようになってはじめて、染色に役立てる型紙が出来上がるのです。

毎日毎日、地道に型紙と向き合う

伊勢型紙の技法は4つ。縞などの大きな線を引く「引彫り」は、定規を当てながら刀を手前に引いて型紙を作っていきます。引彫りで作られた縞の型紙は、一本一本の隙間がとても細く、繊細なレースのような質感になります。そのまま型染めに用いると型紙のズレが起こるため、細い絹糸を入れる「糸入れ」を行い固定します。実は型地紙そのものが美濃和紙を重ねて作られており、糸入れの際にはその和紙を一度真ん中で割いて、間に糸を通してから元通りに貼り合わせるという作業をします。既に彫ってある型紙を分けて、型の通り戻すという技術。引彫りの細かな線を見た後では、とても途方も無く感じられました。

「突彫り」は、細かで多様な線を描くのに用いるそうです。引彫りとは逆に刀を前へ押し進めながら彫っていきます。突彫りによる作品も細かな線の連続なので、染めの際に柄がずれないよう「紗張り」を行うそうです。糸入れと異なり、薄い紗の布を貼るのですが、紗張りが美しく施してあると、染め職人さんもわくわくしながら仕事ができるのだそうです。

小さな柄の連続模様は、「道具彫り」によって作られます。紋様の形をした刃物を手ずから作り、その刀を突くことで柄をつけていくものです。道具彫りの職人は、まずは道具作りから。その上で、均一に彫っていくのですから、多様な技能が必要です。同じ力で正確に彫るよう、頬や顎に刀の柄を当てながら作業する方もいるそうです。

鮫小紋のように、小さな丸い穴の連続で柄を描くのは「錐彫り」という手法です。半円の刃を回転させながら丸い穴を作っていきます。くるっと刃が回転していく様子は、刀が踊っているようにも見え、眺めているのはとても楽しい時間です。一方で、小さな丸い穴で全てを表現するため、わずかな力の差でも穴の大きさが変わるなど、単純なだけに特に精神力が必要なのだそうです。

職人はそれぞれの技法に特化し、毎日毎日、地道に型紙と向き合っています。

少しの行動の積み重ねで成し遂げられる事

簡単に説明しただけでも、高度な技術だということが伝わる型紙作りの世界。技術継承の難しさと、生活面の課題が重なり、現在活躍する職人は20名程度となってしまいました。職歴50年以上というベテラン職人が中心で、60歳の職人が「若手」と呼ばれるほど高齢化してきています。

なんとか現状を打破せねばと、「伊勢型紙技術保存会」のメンバーであり、各彫りの第一人者とも言える職人5人が集まり「微技の会」を結成。各地のギャラリーで展示会を開いたり、業界を超えた繋がりでワークショップなども含めた総合イベントを開催するなど、伊勢型紙業界を盛り上げるために活動しています。

「俺たちが、この仕事できちんと身を立てる姿を見せていかないと、下の世代はきっと育たない。だから、やれることはなんでもやるよ」。

一枚の型紙が、ひと彫りの繰り返しから成り立つように、後進を育て業界を背負うことも、少しの行動の積み重ねで成し遂げられる。そのことを最もよく知るからか、微技の会の彫り師たちは職人減少の現代に対しても希望を捨てず、情熱を持って取り組んでいるように感じました。

日本の総氏神の御座す伊勢で生まれた型紙

江戸時代に、武士の裃に型染めが用いられるようになってから普及した江戸小紋。藩同士で柄の細かさを競ったという話もありますが、裃の第一義は正装であったはずです。目上の方、同席する方を敬い、礼を尽くす気持ちを込めて身につけていたのだと思います。

礼節を示す着物を生み出すのに欠かせない型紙の生まれは、日本の総氏神の御座す伊勢。日本で最も「礼」を受けている伊勢から、「礼」を表す型を全国に。

伊勢型紙に乗せた「礼」の気持ちが、あちらこちらで花咲いてて、心豊かな縁結びになりますようにと、神宮のお膝元からの祈りです。

三重 伊勢
伊勢型紙彫師