なごみ通信

なごみ通信 第62号
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なごみ通信 第62号

京都 亀岡
京友禅作家 :湯本エリ子

ブルーに目を奪われる作品

京都から車で1時間。古くから京都への西北の入り口として重要視されてきた亀岡の地は、今では平穏な田舎町。この地で草花と対話をしながら、京友禅を手がける湯本エリ子さんを訪ねました。

ブルーに目を奪われる、湯本さんの作品。様式化された文様に乗る独特の色遣いを見ると、一目で「湯本さんだ」と分かります。ブルーのどんぐりを描く感性の持ち主は、意外にも気さくな笑い声の方でした。

冬の午前のやわらかい光が差し込む、2階の和室。そこへ、ガサガサと乱雑な音をさせながら、湯本さんが大きな段ボール箱を持ってきてくれました。ふたを開けると、様々な紙に多様なタッチで描かれた図案が溢れ出てきました。文様を練っている紙、下絵を描いてみた紙、柄の大きさを変更した下絵、色を塗ってみた紙、配色を変えた図案…。「これは伝統工芸展に。こっちは売れなくてもいいからって言われて、好きに描かせてもらったの。楽しかったわ」。くったくなく笑う湯本さんを見て、段ボールの中身がおもちゃ箱のように思えました。

苦しいときには思い出しながら自分自身の中の草花の姿を見つめ直す

元々はOLとして会社勤務をしていた湯本さんですが、どこか腑に落ちず転々とし、名古屋で京友禅を手がけていたお父様の口添えで、伝統工芸士・山科春宣氏のもとへ入門。今も師の描いた絵を壁に掲げ、苦しいときには思い出しながら自分自身の中の草花の姿を見つめ直すのだそうです。湯本さんの使う色がすっと引き立つのは、きっと優しくて多様なグレーのおかげですね、と声をかけると「山科先生の色が染みついてるんですね」と、ぽつり。師の姿から学んだことを忠実に守り、お父様の形見の筆洗を今も大事に使うその姿勢から、オリジナリティ溢れる京友禅が生まれています。

オーディオ機器にこだわりのある旦那さんのおかげで、一見すると京友禅作家のアトリエらしからぬスピーカーが取り付けてあります。「何でも聞くのよ」と先ほどまで聞いていたという音楽を流してくださったところ、SF映画のような、壮大な雰囲気の音楽でした。

正反対のものを一遍に飲み込んで消化し、一つの柄へと昇華させていく

名古屋城のすぐ近く、ビルが並び多様な人が行き交う場所に生まれ育った湯本さん。自然への愛情を感じる作品の陰には、体に染み渡った都会の空気があります。自然体の草花、都心の喧噪。鳥のさえずり、オーディオの振動。先達の想い、今を生きる人への愛情。そんな正反対とも思えるものを一遍に飲み込んで消化し、一つの柄へと昇華させていくのだろうと思います。

絵は人柄である

「絵は人柄である」と、日本で初めての日本画専門美術館を建てた山崎種二は言いました。たくさんのスケッチを経て湯本さんに写しとられた草花の姿が、湯本さんの思う色で図案として表現されていく。生きてきた全ての経験が融け込んだ作品は、まさに「人柄である」という存在なのだと思いました。

「植物園にも行くけど、庭の花やすぐそこに生えてる草が一番ね」。寒風吹きすさぶ冬の京都にあっても、湯本さんのアトリエは日なたの縁側のように優しい光で満ちていました。目の前に広がるのは、どこか懐かしさを覚えるような田園風景。愛着を覚えるほど温かい気持ちを抱きながら、亀岡の地を後にしました。

京都 亀岡
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湯本エリ子