なごみ通信 第69号
日本人の感性の、集大成のようにも思われる結城紬
二大紬のひとつ「結城紬」。工程が国の重要無形文化財に指定されていることも有名ですが、やわらかな風合いと体に馴染む着心地で、長く愛され続けています。その結城紬の産地のひとつ、栃木県小山市を訪ねました。
結城紬の特徴といえば、真綿から手でつむぎだす糸です。繭を煮て柔らかくし、そこへ指をかけて袋のように広げていきます。空気中では広がらず、水中での作業です。ちゃぷちゃぷと揺らしながら白い繭を広げていく様子は、揺りかごのようにも見えました。乾かして真綿にしたものを、撚りをかけず、指先に乗せた唾液だけで細く均一に紡いでいきます。
結城紬の柔らかい風合いと、空気を含んだ温かさ、着ればピタリと合わさり着崩れしにくい素材感、そして何代も受け継ぐことができる丈夫さ。それらは、ここの真綿のおかげだと気付かされた瞬間です。着用と洗い張りを繰り返すことで糊やケバが取れていき、時間を経るごとに絹本来の光沢を取り戻していく結城紬。時間による移り変わりを楽しむ日本人の感性の、集大成のようにも思われます。
3つの重要無形文化財指定の要件
糸を手で紡ぐことと、絣の模様をつけるために手で糸をくくること、そしてもっとも原始的な織機といわれる「地機」を使って手織りすること。この3つが、重要無形文化財指定の要件だそうです。織機や道具を作る職人は既におらず、壊れた場合は、別の壊れた織機から部品を調達する…という具合に命をつないでいます。
そして無くなりゆく技術のもう一つ、絣くくり。糸の染色の前、染めない箇所を図案に従って木綿糸で固く結び、防染します。経糸と緯糸それぞれの防染箇所が機織りのときに合わさり、模様になっていくのです。
技術ばかりではなく、体が健康であるということも求められる、厳しい技
倉持和夫さんは、結城紬の絣くくりの伝統工芸士です。1日に3000ほどの絣をくくりますが、簡単なものでも一反分の糸を用意するのには3ヶ月ほどかかるのだとか。図案と相違ないようにじっと糸を見つめ、木綿糸を歯で引きながら固く結びます。歯と、目と、指先。技術ばかりではなく、それぞれが健康であるということも求められる、厳しい技です。
結城紬の代表的な模様といえば亀甲。反幅の中にいくつの亀甲模様が織られているかで、絣くくりの難しさが異なります。よく目にするのは、80個の亀甲模様の「80亀甲」。160亀甲もほとんど流通しなくなり、200亀甲の絣をくくれる人は、かろうじて倉持さんを残すばかり。後継者も育っていますが、農業との兼業で、絣くくりに費やす時間はわずかなものだそうです。
一方で、少しずつ活気づいてもきています。結城紬の全行程が行える工房では、デザイン制作から真綿かけや染色、機織りまで一通りを手がける若者が育ち、子育てを終えた女性が機織りに戻ってきています。杼を打つ重々しい音と、女性の軽快な笑い声が響く工房にいると、この地域があり続ける限り、結城紬はなくなりはしないだろうと思えました。
受け継いでこそ味わいを増す結城つむぎ
二大紬として有名で、高額でも知られる結城紬。けれども唯一無二の風合いは、人の心を掴んでやまない存在です。
奈良時代には上納品だった結城紬が武士に好まれ広がって行き、おしゃれ着へと変わったように、これからも、時代の変遷に逆らわず、移り変わりながら人とともにあるのだろうと思います。
受け継いでこそ味わいを増す結城つむぎは、人の縁を深めてくれるのですから。