なごみ通信

なごみ通信 第72号
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なごみ通信 第72号

千葉 君津
藍染 長板中形 :松原伸生

自然の中藍染を手がける

文化遺産と自然が共存する、千葉県君津市。聞こえるのは鳥の囀りと、葉擦れの音ばかりという山奥で、松原伸生さんは藍染めを手がけています。

「長板中形」という伝統的な染め技法。松原さんは昔ながらの工程を継ぎ、ほぼ全ての工程を手仕事で行っています。

江戸小紋などの型染めと同じように、長板に貼った白生地に、型紙を合わせて糊伏せした上で生地を染めますが、大きな違いは、その裏面にあります。長板中形の染めは、両面ともに寸分違わぬ柄を糊伏せするという、二重の手間がかかるものです。そのおかげで白と藍のコントラストがくっきりと浮かび上がり、お互いの色がより一層際立ちます。

染め上がりを左右する重要な存在の糊

白と藍。その2色がもっとも美しくあるために、下準備は入念に行います。ハケやヘラといった道具は自分にとって最も使いやすいものを。そして、豆汁や糊も、自ら手作りします。

特に糊は、染め上がりを左右する重要な存在です。糊の粘度が低すぎれば柄がにじむ、高すぎれば細部に糊が渡らない。厚く糊伏せすると、染めの時に糊が剥げやすくなる…。さらに生地との相性や染めの回数なども加えて総合的に、配合や状態を判断します。長年の経験と技術なくしては不可能なことです。

もち米の粉と、ぬかと、石灰と水。天然のものを混ぜ合わせて作る糊は、生物のように繊細です。「一番の体力仕事は、生糊を作ること」というほどに手をかけるだけあり、絶大な信頼を寄せながら、糊と付き合っているご様子でした。

白生地選びにも現れる細部へのこだわり

工房では、鳥の囀りが響く中、使い慣れたコテを使って、反物に糊を置いていく音が規則正しく広がります。薄すぎず、厚すぎず、ムラなく糊を置いていくのは、熟練した技術が必要です。若かりし松原さんが、散々練習したという、板の上に糊を奥練習を体験させてもらったところ、一刷毛すらもきちんと糊を置くことができませんでした。無駄のない動きでリズミカルに作業する様子が、神々しく感じられた瞬間でした。

松原さんの細部へのこだわりは、白生地選びにも現れています。細やかな柄も表現できるようにと選ぶ木綿の生地は、木綿の印象を覆すような手触りです。絹のように体に沿い、ガーゼのように優しく包んでくれる感触。夏の日差しに疲れた肌には、より一層心地よく感じられるに違いありません。

ノスタルジックな魅力を放つ藍

我々日本人には、藍に対する潜在的な憧れがあるような気がします。そして、藍色は日本人の顔立ちによく馴染むようにも。相思相愛とも言える私たちの関係は、日本のこの風土だからこそ生まれたものです。

様々な藍色の染料が手に入る現代にあっても、松原さんが用いるのは、もっぱら徳島産の藍ばかり。日本で育った藍を、古来と同じ道具・方法で染めているからか、松原さんの藍色は、特にノスタルジックな魅力を放ちます。

「東京と君津では、呼吸の深度が違う気がする」と語りながら、自然と上手に付き合って作る藍染め。日本人の我々にとって、心地よく感じられる秘密は、このあたりにあるのかもしれません。

千葉 君津
藍染 長板中形
松原伸生