なごみ通信 第75号
自然の中で育ってきたので、自然のものから、自然に還るものを作りたい
魚市場を通り過ぎた町家の並び。観光ではなく、生活の香りのする京都の中に、「京竹籠 花こころ」小倉智恵美さんの工房があります。
奥に広がっていく町家らしい室内には、柔らかな光が射し込んでいました。その光を受けて、ツヤを放つ竹細工。一目でその繊細さがわかる作品は、小倉さんの華奢な指先から生まれたことがよくわかるものばかりでした。
「自然の中で育ってきたので、自然のものから、自然に還るものを作りたい」と、小倉さんは竹工芸の道に進みました。京都の伝統工芸の学校で学びましたが、その後、弟子入り先は見つかりませんでした。
豊かな色と、静かな艶が、日本人の心をくすぐる
実は竹工芸の世界は、外国からの製品もあり、規模の小さい世界。そのなかでも竹垣や竹筒の花器といった、丸竹の加工が主流だそうです。
小倉さんが身を置く竹籠などの職人は、兼業の方が細々と取り組んでいる状態で、弟子を引き受けられる職人はいなかったのです。学校の同期と共同で営む工房で、試行錯誤と切磋琢磨の毎日でした。
一人で工房を構えるようになってからも、それは変わりません。グループ展などに出展するも、初めはうまくいきませんでした。悩みの渦中で、人との出会いからヒントを得て、竹と藤で作る指輪やバングルを考案。老若男女問わず身につけられるデザインと、竹という素材の魅力が相まって、広く知れ渡っていきました。
深縹、真紅、黒鳶色…。アクセサリーの深みのある色は、1時間以上染料と煮込んではじめて生まれる色です。竹の持つ油分と合わさり、使い込んだような美しい艶になります。豊かな色と、静かな艶が、日本人の心をくすぐるのだと思います。
アクセサリーばかりではなく、籠や蓋物も注目されるようになりました。
女性らしさと目新しさを感じる作品
「六つ目編み」「輪弧編み」など、小倉さんの作品に用いられる技法は伝統的なものばかり。それでも、作品からは女性らしさと目新しさを感じます。技法の組み合わせや、現代の生活にも馴染みやすい形を考え続けているからかもしれません。
小倉さんが一番好きな編み方は、六つ目編みに細い材料を差し、花のような模様を生みだす「差し六つ目」。籠やコースターなど、置くだけで空間が華やぐような小物になります。
竹を材料にする工程も、小倉さん自身で行います。竹を切り、細く裂き、厚みと幅を整え、湿度を保ちながら強度を見る。ひとつひとつ微妙に性質が異なる自然の竹を、どんな作品に向くものかと様子を見極めることから、作品作りが始まります。節の間が長いものは大物に、硬くて細い竹は、一番細い材料に。
パキリ、パキリと、淡々と竹を割いていく小倉さんは、竹との付き合い方を熟知しているようでした。
「差し六つ目」の最後に差す材料の幅は、わずか2ミリ程度。その竹を上下左右に通し、編んでいきます。竹が糸のようにしなり、まるで刺繍を施す糸のように見えました。このしなやかさは、強度のある皮の近くが向いています。竹が若ければ折れてしまうことがあり、加減が難しい作業の一つです。
生来の職人気質
籠を編んでいく作業と、小倉さんの物静かな様子から、編み物の趣味もお持ちかと思いましたが、意外にも「空き箱でロボットを作るような子どもでした」とすこし恥ずかしそうに教えてくれました。家の裏から木の実や蔓を拾って物を作ったり、押し花をする子どもだったとも。「何かを作る」という行為の最中は、心が落ち着くのだそうです。
現在の趣味を聞いてみると、「仕事自体が好きなことなので…」と、竹工芸の作業が一番の趣味のよう。昔からものづくりに熱中していたことを聞くと、生来の職人気質だったのかもしれません。
「同期の中には、結婚したり実家に帰ったりという人もいましたが、私は、竹の籠で仕事をしたいと思っていたので…」。始終思慮深く、ゆっくりと言葉を紡ぐ小倉さんからは、細やかな感性が窺い知れました。伏し目がちに話す姿は、白竹の無垢も感じます。一方で、厳しくても竹工芸の世界で生きたいという強い矜持も。
着物の柄にもある「籠目模様」は、魔除けの意味があります。
無垢で力強い小倉さんが作る籠。技術とセンスだけではない魅力は、この神秘にもあるのかもしれません。
小倉さんの作品が、これからどんな色となり、どんな輝きを放つのか。「いま」と「これから」を大切に、寄り添ってみたいと思います。