なごみ通信

なごみ通信 第81号
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東京 神楽坂
日本刺繍 露草 :三原佳子

「自分らしくいられる着物」を模索する

「日本刺繍」と聞いて思い浮かぶのは能装束や小袖文様、京友禅などに施された多色の美しい糸使いの作品です。「日本刺繍 露草」を主宰する、刺繍作家「三原佳子」さんの糸箱には潔いと思えるほどそうした鮮やかな色糸はひと枷も見当たりません。

神楽坂の坂道を一筋入った路地裏に昭和初期に大工寮として建てられ、今も有形文化財として残る「一水寮」。縁あってこの地に2017年4月、三原さんは新たにアトリエを構えました。

着物が好きという想いから美大で日本刺繍を専攻し、卒業後は百貨店の呉服部に勤務。着物を着始めた20代の頃から日常の生活でもっと自然に着物が着られたら、と「生活する着物姿」を求めていた三原さんにとって日本刺繍の華やかさはいつも「特別な衣装の様式」であり、違和感を禁じ得なかったと言います。

スタイルや色、シルエットに至るまで「自分らしくいられる着物」を模索する三原さんの秘められた情熱と才能は着物作家である丸山正氏との出会いにより開花し始めます。卓越した感性で妥協を許さずこだわりを貫く丸山氏。その作品作りに長きにわたり携わり、いつしか「丸山の着物に三原あり」と誰もが認める存在に。

その一途さは素材・生地・糸など、材料を整えることへのこだわりからも伺えます。

金・銀・錫・アルミなど色々な金属箔を布に蒔き埋め・摺りなどの技法で密着させ箔布を作り、更に作るものに合わせて箔布にシワ加工を施します。金属の種類によっては重厚感が出がちな箔布も、紗紬や麻、涼を呼ぶ植物布などと組み合わせることで冷ややかな光を放つ夏帯に。お好みの赤城の布や生紬も真綿などの異なる素材との配列でより豊かに表情を変えていきます。

納得のいく濃さまで何度も繰り返し染める

日本刺繍糸はお蚕さんの吐く糸を4〜5本でひと菅という単位に、そして十二菅で一本になります。綴じ糸は三菅合せ、輪郭は六本一本にと、作業に合わせてまず糸を縒ります。指先がすっと細く伸びた華奢な手のひらをすり合わせながら糸を縒る姿はまるで糸の声を聞くかのように清らかな静寂さを纏います。

また金属糸は普通買い求めてそのまま作品に使われることがほとんどですが、既成の色では思い描く僅かに鈍た色味の差を表現することは難しく、自身の色を求めて顔料や金泥などを金や銀の糸にブラシを使い一本一本染めていきます。納得のいく濃さまで何度も繰り返し染めると言います。

刺繍針を手作りする職人さんも数少なくなり、現在では宮中の御用針司として長い歴史を持つ京都「みすや」でのみ日本刺繍針は扱われています。生地目に沿って細く切った布帛のとじ付けには切附、重ね付けの切嵌繍の輪郭には間中・中太と呼ばれる手打ち針が塩梅よく手に馴染むそうです。

躊躇いのない職人気質

帯の生地と載せていく箔布との色合わせや取り合わせ、色の配合・配分も自身の感性だけを頼りに帯地の上で英断していきます。ほんの少しの生地の節目でさえも描いた帯の仕上がりに響くと思う時には生地選びに立ち帰るほど。

それほど思い入れのある作品であっても「お客様の想いに感謝し、手放すことでまた次が生まれます」と躊躇いのない職人気質を覗かせます。

潔さと一途さ、嫋やかさとあどけなさ、少年と少女の顔を併せ持つひと

作品のお披露目は一水寮にて開かれる年2回の「工房展」と数回予定される地方での個展にて。今年1月からは工房内でご主人の松室真一郎氏が収集する器の展示販売会も開かれているといいます。

最近は帯や着物に加え、茶箱用仕覆や裁縫箱の制作に携わり「小さき宇宙」のユニットへの興味が深まり、また刺繍の仕事に没頭し過ぎた時の息抜きは「什器作り」や「篆刻看板制作」などの木工だとか。華奢なイメージとは裏腹にバーナーや工具で大工仕事に勤しむ姿は思い浮かべるだけで笑みがこぼれます。

潔さと一途さ、嫋やかさとあどけなさ、少年と少女の顔を併せ持つひと。真っ直ぐに相手を見つめるその瞳には邪念がなく、心の曇りを感じることはありません。

日本の風土に根差す織物を愛し、日本刺繍の伝統的な技法を踏まえながらも、豪奢に依らずむしろ素材と色合い、そして何よりも余白の美しい作品を手がける三原さん。

自身愛用の紬の着物は洗い・染め替え・作り替え、と風合いの変化や年齢を重ねていく自分に沿うよう工夫を凝らし、頂いた自然の恵みを感謝の気持ちで慈しみます。

2016年に刊行された著書「SIMPLE KIMONO」は「自然体」を希求する多くの女性に支持され、本を片手に一水寮を訪れる人も少なくありません。

「装う時は特別過ぎず、目立ち過ぎず、現代の街並みと心もちに合うこと」そして「自分らしくいられること」それは三原さんの装いの・もの作りの基本であり、何よりも揺るぎない生き方の礎であるように思えます。

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