なごみ通信

なごみ通信 第82号
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なごみ通信 第82号

神奈川 湯河原
型絵染作家 :岡本隆志・紘子

手間を惜しまず、丁寧に

型絵染作家「岡本隆志・紘子」さんご夫妻を工房にお訪ねしたのは台風が過ぎ去った十月半ば、庭の木々がキラキラと風に揺れ、南に据えられた一面のガラス窓から柔らかな薄日の射し込む雨上がりの午後でした。眼下に真鶴の静かな海を配す、緑豊かな高台の地。ここを創作の場として移り住んだのは四十数年前。一面にみかん畑が広がる長閑な場所でしたと当時を懐かしく振り返ります。

人間国宝 芹沢銈介氏。培われたデッサン力を基に多岐にわたる工芸品を芸術の高みへと引き上げた日本を代表する染色工芸家。お二人は芹沢門下生として出会い、共に師の元で研鑽を積み一九六八年に独立、そして翌年結婚。それから五十年の時を共に型絵染作家として創作活動を続けてきました。

「型絵染」とは芹沢氏の制作のオリジナリティを尊重するべく「型染」と区別するために名付けられた名称です。工程を分業制とする京友禅や江戸小紋などと違い、図案構成・型彫・糊付け・色差し・地染めと全ての工程を作家自らが手がけます。

中でも、自然や風景、生活の中から無心にスケッチ、構想したデザインを基に和紙に下絵を描き、「つり」と呼ばれる柄繋ぎの線を残しながら型紙を彫る細かな作業には相当の手間を費やします。糊付け用の防染糊も労を厭わず、米糠ともち米を混ぜて蒸すという昔ながらの製法で作り続けています。「手間を惜しまず、丁寧に。」師から受け継いだものづくりの姿勢は今も変わることはありません。

制約があるからこその面白さ、それが型絵染

「型絵染」の美しさ、それは様式にとらわれない自由なデザインとすべてを手差しによって表現する彩色の艶やかさにあります。沖縄の紅型同様、染色の材料には「顔料」を用います。土のなかに含まれる天然鉱物を粉末状にして作られる顔料は通常の染料に比べ粒子が大きく、繊維の表面に留まるためにその発色が際立ちます。王朝文化から生まれた紅型は文様、留色など高い格式と伝統美を重んじますが、図案の題材を日常の生活や自然の中に求めた「型絵染」の美しさは簡素でありながらも至妙な意匠と、生き生きとした色彩美にあると言われています。ただ一つ制約があるとするならば、それは「型紙」という決められた寸法の中での表現ということ。

「長い間この仕事をしてきたので、型紙を彫ることを前提にものを見る習慣があってね。」と隆志さん。カメラのレンズを通して見るような「サイズ感」が身体に染み付いているのだと言います。

「制約があるからこその面白さ、それが型絵染だと。」お二人の胸に残る今は無き師の言葉です。加えては「反物」に型送りしながら「繰り返し染める」ことで生まれるリズミカルな紋様の連鎖。「制約」から生まれた文様が無限の広がりを描き出していくことへの不思議。

そして、瞠目すべきはお二人が型絵染作家という同じ道を長きにわたり共に歩みながらも、仕事を並んですることはなく、作業時間も個々の生活のリズムでこなしてきたということ。集中すると深夜の仕事も厭わなかった隆志さん。その作風の違いは一目でわかるほど。色彩感覚の違いは勿論ですが、色差しの始めの色は隆志さんの「黄色」に対して紘子さんは「赤色」からと。そんなエピソードにもおふたりの個性が垣間見えます。筆一本で仕上げる絵画とは違い「型絵染」はいくつもの「工程」を経て創り出されます。その一つ一つのプロセスの中で個々の感性が加味されていくのだと言います。

昔から変わることなく貫いている想い

おふたりは共に三十年を超え、国画会の会員として切磋琢磨してきました。
国画会へはいつも「着物」を出品してきたという紘子さん。花・鳥・蝶、と愛らしく描かれた図案はすこやかな感性で彩色され、時には軟らかな絞りの細工を施して仕上げられます。

創作にあたり、昔から変わることなく貫いている想いがあります。

テーマを表現しつつもメッセージ性は持たないこと・軽やかであること、そして何よりも明るい作品であること。こうした制約で自身を律してきた紘子さんの作品は端正な気品に満ち、解き放たれた心の愉悦を感じさせてくれます。

一方、高さ四メートルもあると言う国展会場の基準に添って制作され「冬木立」・「泡」と銘打たれた隆志さんの作品群。グリーンやブルーの幾何学文様で写し取られた風景は鋭敏な感性で描き出されたことをもの語り、それまで目にしていた可憐な「型絵染」の世界とは全く異なる、大胆さと力強さで観る者に迫ります。

一枚の布に脈打つ自然の息吹を与える

「自然から受ける強烈な印象は無意識のうちに頭の中に残るのだろうね」と穏やかに話す隆志さんからは「型絵染」を担う第一人者としての気負いは微塵も感じられません。

互いの個性を尊重し合いながら型絵染作家として共に歩んできた隆志さんと紘子さん。

一枚の布に脈打つ自然の息吹を与えながら、終わりなき道を深く極め行くお二人の精励の日々はこれからも変わることなく続いてゆきます。

神奈川 湯河原
型絵染作家
岡本隆志・紘子